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F1史上最高のレース 1992年モナコGP

今日もF1の話をさせてください。

先日、アイルトン・セナの3大レースについて少し記事に書きました。

一つ目は1991年ブラジルGPでしたが、
今日は2つ目のレースを書きます。

1992年のモナコGPです。

これ、2つ目に書きますが、実は私の中では最高のレースですし、
F1の長い歴史の中で名レースはいくつもありますが、
こんなにもドラマチックなレースは他にはないんじゃないでしょうか。
2021年の最終戦もかなりドラマチックではありましたが、
ちょっと人為的に作られた感じもあり賛否両論ある結末でしたので、
私の中で勝手に1992年のモナコGPをF1史上最高のレースに認定させていただきたいと思います😁

1991年はウィリアムズ・ルノーのナイジェル・マンセルに肉薄されながらも
マンセルの自滅もあってなんとか逃げ切って3度目のチャンピオンを獲得したセナ。

ですが、ウィリアムス・ルノーのアクティブサスペンションの熟成度が素晴らしいもので、
1992年は開幕前テストからウィリアムズの優勢と
セナが乗るマクラーレンの苦戦が予想されていました。

開幕の南アフリカGPから予想通りウィリアムズのマンセルがその他を圧倒。
ポールポジションからスタートして何の問題もなく優勝しました。
セナはマンセルのチームメイトであるリカルド・パトレーゼにも追い付けず、
3位表彰台を獲得するのがやっとの状態でした。

そこからマンセルの快進撃は始まります。
開幕戦から第5戦のサンマリノGPまでの全レースでポールポジションと優勝をかっさらいました。

とにかくウィリアムズとマンセルの速さはまったく他を寄せ付けず、
もうこの時点でマンセルのチャンピオンは確実視されていました。
注目といえば、マンセルがこの先どこまで勝つのか、
誰がマンセルを止めるのか、
この2点だけだったと言っても過言ではないでしょう。
本当に下手をすれば全部のレースで勝ってしまうのではないか、
と思ってしまうほどの強さだったわけです。

正直言って、F1ってこんなにも面白くないものなのかと思ってしまうほどの強さでした。

迎えた第6戦、モナコGP。

ここでも予定通りと言っていいほどの安定感でマンセルがポールポジションを獲得。

レースもスタートからどんどん後続を引き離して一人旅です。

セナは予選3番手でしたが、スタートでなんとかパトレーゼを抜いて2位に上がりました。

ですが、そこからはどんどんマンセルに引き離される一方でした。
これまでの5戦となんら変わらない光景です。

セナはモナコではとても強く、1991年までの時点で4勝を挙げていました。
一方のマンセルはチャンピオン争いの常連だった頃から数えても
モナコで勝利を挙げたことはありません。
このことから考えても当時のモナコマイスターはセナであることは間違いありませんでした。
そのセナを持ってしてもこの年のマンセルを止めることは相当困難なことだったのです。

モナコを勝たずしてチャンピオンになるというのはちょっと物足りなく感じてしまうので、
マンセルもここは絶対に勝ちたかったでしょう。
そして、悲願のモナコ初勝利をほぼ手中に収めていました。

ところが、です。

残り8周で事件は起きました。

28秒ものリードを保ってトップを独走していたマンセルがピットに入ったのです。

原因は左リヤタイヤの違和感。
後になってタイヤを保持するナットが少し緩んでいたことが原因であることが判明しています。

それまではマンセルが早く規定周回数をこなして終わらせるのをただ待っていたかのようなレースでしたが、
にわかにレース全体が騒がしくなり始めました。

ピットでタイヤを交換し、ホイルスピンをしながら猛然と発進するマンセル。

その頃セナはホームストレートを通過していましたが、
セナが前に出るのか、マンセルがトップのままコースに復帰するのか・・・

セナがトップ!!

後ろにマンセルを引き連れてリバージュの坂を駆け上がるセナをとらえたテレビ画面を
今でも鮮明に覚えています。

この年、マンセルの前を走ったのはこの時のセナが初めてです。

ここから歴史に残るデッドヒートが始まります。

当然のことながらセナは必死で逃げます。
今年の初優勝を上げる千載一遇のチャンス。
セナがこれを簡単に手放すわけがありません。

ですが、フレッシュタイヤに履き替えたマンセルは恐ろしいスピードでセナを追いかけます。

周回を重ねるごとにどんどんセナとの差をつめていくマンセル。

「1分21秒598!!なんという速さなのか!!」

ファステストラップ(そのレースの中で一番速いラップタイムのこと)を伝える
三宅アナの絶叫は今でも耳にこびりついています。
このタイムは今でも覚えていて、そらで言うことができるくらいです。

ちなみに、三宅アナってセナのメモリアルレースで実況をしている確率が高いんですよね。

1991年のブラジルGPもこのモナコGPもそうですし、
セナが亡くなった1994年のサンマリノGPも三宅アナでした。
次回書こうと思っている私の中でのベスト3の残り1つも三宅アナでした。

そのせいか、この人の声ってすごくよく覚えていますね。

話を戻しますが、タイヤ交換をしたマンセルは数周ですぐにセナに追いつきました。
フレッシュタイヤのマンセルともうヘロヘロのタイヤで走るセナ。
そりゃ、追いつかれますよね。

必死で逃げるセナと乱暴なまでに追い抜きをしようとするマンセル。

マクラーレンのピットからはセナに対してオーバーテイクボタンを押せと指示が入ったようですが、
もうそれも使い切ってしまっているセナ。
後は腕だけでマンセルを抑えるしかありません。

この時、中学2年生だった私はテレビの前でガクガクと震えながら見ていました。
他のスポーツを緊張しながら見たことは何度もありますが、
あんなにも体が震えたことは後にも先にもあの時だけです。

本当に興奮しました。
だって、あのマンセルの前をセナが走ってるんですよ!!
勝てるかもしれないんですよ!!
そりゃ興奮するでしょ!!!!!!ってなもんです。

本当に寒くもないのにガクガク、ブルブルと震えながらテレビにくぎ付けでした。

残り3周くらいは本当にすごいレースでした。

どこのコーナーでもマンセルがセナにプレッシャーをかけます。
ストレートでも右に左に揺さぶりまくる。
それを必死でセナがラインをつぶして抑え込みます。

幸いにもモナコは追い抜きがとても難しいコース。
これだけの速度差があっても抜くのは至難の業です。

ですが、一時も気は抜けません。

どこのコーナーでも仕掛けてくるマンセル。
必死に抑えるセナ。

ファイナルラップのトンネルを抜けた後のシケインが最後のチャンスです。

ここさえ抑えれば・・・抑えた!!
セナはスライドしながらもマンセルを抑えきり、優勝!!

もう本当に興奮しましたよ。
それ以外の言葉が出てこない感じです。
この記事を書いていても当時のことを思い出して興奮がよみがえってくるくらいですからね。

表彰式でのマンセルはセナを追いかけてシャンパンをかけるのですが、
マンセル自身も必死でセナを抜こうとしていたので、
それが終わった後はその場に座り込んでしまうほど疲労困憊の様子でした。

このレースを見終わって布団に入ろうとしましたが、
ガクガク、ブルブルは止まりません。
それを見た母親が
「なんやあんた、寒いんか?」
と心配してくれましたが、寒くなんかなくて逆に熱すぎるくらいです。

すみません、つらつらと興奮に任せるままに書いてしまいましたが、
これが私にとってのNo.1グランプリです。

今までこの興奮を私と同じ熱量で分かち合えた人はいません。
誰かこれを分かち合ってくれる人、ぜひご一報ください😊

また、皆さんにとってのベストグランプリをぜひ教えてください。