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アイルトン・セナ 憧れの人です

今日も昨日に続いてF1の話をさせてください。

昨日F1のことを書いていてとても気持ちよかったんです😁

なので今日も続きを書かせてください。
特に今日は私の憧れの人について集中して書かせてください。

アイルトン・セナ

私が好きだったドライバーはアイルトン・セナです。

当時セナは「セナ様」と呼ばれて大人気でした。
当時のF1の爆発的な人気を牽引したと言って間違いないでしょう。
私がセナのことを好きになった理由は昨日も書きましたので、
もし、もし、もーし興味があるようでしたらこちらを読んでみてください。

1991年の開幕戦から開幕4連勝を飾ったあと、しばらく勝てないレースが続きました。

当時、アクティブサスペンションを熟成させて大きな武器としていたウィリアムズ・ルノーが
すごい勢いでマクラーレンを追い上げてきていたからです。

ドライバーはナイジェル・マンセル。

この人もキャラの強いドライバーでしたが、早さはピカ一です。
それに加えてリカルド・パトレーゼという、それほど目立ちはしないのですが、
安定した成績を残せる大ベテランのドライバーがコンビを組んでおり、
チームとしての安定感は素晴らしいものがありました。

それでもハンガリー、ベルギーGPに勝ち、
なんとかリードを保ったままポルトガルGPを迎えたわけですが、
ここでマンセルがピットストップで交換したタイヤが外れるという大事件が発生。
これによってノーポイントとなってしまい、セナのチャンピオン獲得が濃厚となりました。

迎えた日本GP、トップのセナを追いかけるマンセルが1コーナーでコースアウト。
セナのチャンピオンが決まった瞬間でした。
そのレースのゴール直前に2位のゲルハルト・ベルガーに優勝を譲るという
これもまた他に見たことがないような結末。

初めて見たシーズンでチャンピオンを取ったセナ。
すべてのレースを食い入るように見ていたので、
このシーズンのことは30年経った今でもよく覚えています。

ドラマチックなドライバー

セナの何がかっこいいかと言われると、一言で表現するのは難しいのですが、

ドラマチックなシーンが多かったということが挙げられると思います。

なんというか、セナはすぐ泣くんですよね😊

感情を露にする人というのは、仕事をするうえでは面倒くさいかもしれませんが、
スポーツの世界であればファンも感情移入しやすいですよね。

たとえば1991年のブラジルGP。

母国ブラジルのことが大好きだったのになかなか勝てなかったのですが、
終盤を6速だけで走り切って母国初優勝を飾りました。

その時の無線での絶叫は本当に感動的でした。

今でこそ普通にドライバーの声が無線で聞けるようになりましたが、
当時は無線が流れることなんてありませんでした。

無線からの絶叫が流れた時、実況の三宅さんが
「これは・・・セナの声ですか?」
と驚いていました。

声にならない絶叫で優勝を喜び、そのまま車の中で力尽きて動けなくなるんですよね。

なんとか表彰台に来ることができたものの、過酷なレースを戦ったセナはもうヘロヘロ。
重たい優勝トロフィーを掲げることも精いっぱいでした。

なんとか精いっぱいの力を込めて片手でトロフィーを持ち上げた時のかっこ良さたるや・・・
あかん、書いてても感動してきた😭

そこからシャンパンファイトに入るのですが、
いつものように激しくかけ合う姿はありません。

ですが、その最後に自分で自分にかけるんですよね、シャンパンを。

実況の津川さんも泣いてるし、三宅さんも
「自分でいったーーー!!!」
と絶叫。

本当に感動的なシーンです。

はい、今私は泣きながらキーボードを叩いていますが、なにか?🙄

サーキットに集まったブラジル国民も大喜び。
現地で見ていたら、本当にすごい熱狂だったんだろうなぁ😆

ちなみに、以前の記事でも書きましたが、
1991年で唯一タイムリーで見れなかったのがこのブラジルGPなんです。
歴史的な瞬間を生で見れなかったことを今でも悔やんでいます。

私の中でセナが走ったレースのトップ3があるのですが、
そのうちの1つがこのブラジルGPですね。

残りの2つのレースは別の記事で書きたいと思います😁

このようにこのセナというドライバーはドラマチックな出来事が多かったんです。

普段も寂しそうな眼をしていて、すこしだけ微笑むんですが、
その陰のある感じも人を惹き付けてやみませんでした。

悲劇のヒーロー

そんな私にとってのスーパースターだったセナですが、
悲劇的な最期を遂げます。

1994年第3戦のサンマリノGPでレース中の事故で亡くなってしまったのです。

この年、マクラーレンから当時最強を誇ったウイリアムズに念願の移籍を果たしました。
最強のドライバーと最強のチームがそろったわけで、
当然のことながらチャンピオンの最有力候補でした。

ですが、開幕戦、2戦目とトラブルでリタイアしてしまい、
セナにもチームにも焦りが出てきていたはずです。

そして迎えた第3戦。

順調に3連続ポールポジションを取ったセナでしたが、
トップを走っていたレース再開後3週目だったかな、
タンブレロコーナーで急に直進してコースアウト。
コンクリートウォールに激突して、帰らぬ人となってしまいました。

その場で気管切開などの応急処置が施されましたが、
後で読んで記事によると、ほぼ即死状態だったようです。

このグランプリでは金曜日にルーベンス・バリチェロが大クラッシュで病院に運ばれるところから始まり、
土曜日の予選ではローランド・ラッツェンバーガーがクラッシュして死亡する事故がありました。

たしか10年以上、F1で死者が出ていなかったと思いましたが、
このレースでは2人ものレーサーが亡くなってしまいました。
今でも、呪われたグランプリと呼ばれいてる所以です。

セナが死んだ時、いまいちピンときませんでした。

レースの世界で人が死ぬなんて思ってもみませんでしたし、
当時はレースは録画が当たり前の時代。
今みたいに情報がタイムリーに入ってきません。

テレビ中継もレースを流すのかセナの容態を知らせるのか、
どちらともつかないスタイルで放送していました。

実況の三宅さん、解説の今宮さんと川合さんがピットから
最新の状況を伝えていましたが、
なんだかんだ言って大丈夫なんやろ?
と思っていたのが正直なところです。

こうしてセナは亡くなってしまったわけですが、
キザっぽく言うと、亡くなってしまったからこそ、
セナはファンの心の中に今でも残っているんだと思います。

その後のウイリアムズの強さを考えると、
もし生きていたらあと数回はチャンピオンを取っていたと思います。

私は冗談抜きで今でもセナの動画を時々見ます。

私の中での3大レースを見たら、今でもあの時の感動と興奮がよみがえってきますね。
何度見ても最高です。

また別の記事でまたセナのことを語らせてもらいたいと思います。

ということで、今日はここまで。
あー、書いてるだけで感動してまた泣いてもーたわー🤣