仕事

技術を信用しない技術大国 それが日本

私は製造業で働いています。
一応エンジニア、技術者です。

日本からはアップルのような世界的企業が出てこない、
かつての技術大国の面影はもう見られない、
などと悲観的な意見を聞くことも多くなってきましたが、
いやいや、なんのなんの。
日本の技術がないと成立しないという業界もまだまだありますし、
今でも世界を支えていると言っても過言ではないと思います。

日本の技術力、製造業の底力はインドネシアにいる時に強く感じたので、
とても尊敬していますし誇りにも思うのですが、
一方で、これはもったいない、と思わせられることも時々あります。

今日はそのあたりについてお話をしたいと思います。

  1. 理屈よりも経験が重んじられる
  2. 『人に任せること』はやってはいけないことの代表例
  3. パレートの法則

理屈よりも経験が重んじられる

インドネシアにいた時、こんなことがありました。

とある日系企業を訪問させていただいた時のことです。

一通り工場を案内してもらって控室に戻ってきたのですが、
案内をしてくれた社長さんが
「ちょっと待っててくださいね」
と言って部屋を出ていきました。

どうやらスタッフに呼ばれたようで、
廊下にはスタッフが待っていました。

しばらくすると社長さんは申し訳なさそうに頭を掻きながら部屋に戻ってきたのですが、
部屋に入るなり社長さんがこう話し始めました。

「来年の予算のことでスタッフから説明を受けていました。
なにやら解析ソフトが欲しいと言っているんですが、彼らはすぐにそういうソフトを欲しがる。
自分でまともに設計もできないのにソフトを買っても使えるはずがない。
もっと経験を積んで腕を磨くべきだ」

とのことでした。

あー、そうなんですねー、とその時は笑いながら話を聞いていましたが、
何か引っかかるところがあったので今でも覚えています。

工場で生産活動をしていると、何かしらと問題が起きるものです。
ですが、問題の原因がはっきりとわかることってけっこう少なくて、
原因がわからずじまいで、それっぽい対策だけしてお茶を濁す、
ということが実はとても多いんです。

そういう問題を解決しようとすると、設備の状態がどういう状態になっているのかというのを
的確に捉える必要があります。

今、私は技術開発をする部署に所属しているのですが、
そういう設備の状態を数値的にとらえるための装置(センシング装置と言います)というのは欧米メーカーが多いんですね。
日本のメーカーでも作っているところはあるのですが、どうしても欧米メーカーに比べて性能が劣ったり、
やりたいことができなかったりするというイメージがあります。

あと、時々企業の宣伝などでパソコンを使って製品の解析をしているのを見かけることがありますが、
解析(シミュレーション)をするためのソフトウェアも欧米メーカーが多いと思います。

私は解析の専門家ではないので間違っているかもしれませんが、
おそらく、私の感じていることはそれほど偏った意見ではないと思います。

こういう状況を見るにつけ感じることは
日本の技術は『理屈』ではなく『経験』の上に成り立っている
ということです。

生産現場で問題が起こっていたとしても、経験値で解決することが求められます。
状況を監視し、数値で捉えて理論的に解決策を求めていくという作業は敬遠される傾向があるんですね。

もちろん、忙しくてそんなことをやっていられないという側面も強く影響をしていると思いますが、
先のインドネシアの社長のような考え方がまだまだ一般的ではないかと思います。

経験値が重要であることは紛れもない事実だと思いますが、
問題を解決するためには経験が必要条件である
という概念が根強く残っていると感じています。

状態を数値で捉える装置の国産化が進んでいない状況を考えると、
日本の産業界全体にそういう雰囲気があるんだろうなと思ってしまいまうわけです。

実は問題を解決するのって経験は不要だったりする時もあるんですよね。
シミュレーションソフトを使えば、中身がわからなくても一発で解決することだってあります。

今はやりのAIだって、中身は分からないけど大量のデータから答えを見つけ出してくれるわけです。
それの何がダメなんでしょうか?
AIは良くてシミュレーションがダメということなのでしょうか?

技術の中身を理解できているに越したことはないと思いますが、

問題を解決するためには経験は十分条件ではあっても必要条件ではない

ということは言えると思います。

『人に任せること』はやってはいけないことの代表例

経験の話と同じで、工場関係の仕事をしていて時々感じることは

誰かに任せることは悪いことである

ということですね。

ブラックボックスを極端に嫌う、と言ってもいいかもしれません。
ブラックボックスとは次のような意味です

内部の動作原理や構造を理解していなくても、外部から見た機能や使い方のみを知っていれば十分に得られる結果を利用する事のできる装置や機構の概念。転じて、内部機構を見ることができないよう密閉された機械装置を指してこう呼ぶ

さきほどの経験の話にもつながるのですが、
いくら便利な物であったとしても中身を把握できていない技術や道具は使うべきではない、
あるいは、使う資格がない、という考え方ですね。

一時的にはそれを使用することが許されても
いつまでもブラックボックスにするんじゃない、
きちんと技術を手の内に入れなさい、
という指示が来ることが多いですね。

確かにいろんな技術を手の内に入れてきたからこそ日本の技術力がある、
ということは言えると思いますが、
何もかもを自分の手の内に入れようとするのではなく、
誰かや何かを信じて頼ることがあってもいいのではないかと思います。

伝統的な日本の製造業の考え方としてこういう傾向があると思います。

  • ブラックボックスを解明しようと頑張る
  • 小さな疑問をおろそかにせず手の内に入れるように努力する

この姿勢があるからこそ日本の製造業の底力につながっていると思います。

ですが、丁寧に技術というか、経験を磨いている間に、
欧米ではそこをポーンと飛び越えていくような技術やシステムが開発されて、
経験値が多くない人にでもできるような状況を作り出している。
そしてまたそこに追いつくために技術を磨いて・・・
ということを繰り返している、そんな気がしています。

パレートの法則

先日の記事でも書きましたが、世の中にはパレートの法則という、
経験的に相関関係があるとみなされている一般法則があります。

技術オンチになったわけ でも、後悔はしていません私は製造技術という仕事をしています。 一応、技術者です。 ですが、このブログのタイトルにもなっているように技術オンチです。 技...

私がいつも思うことが、

2割の本当に効果がある仕事はできて当たり前
あまり効果がない8割の仕事ができてこそ一人前

という考え方が日本の工場には根強く残っているということです。

2割の仕事ができれば十分と言ってもいいくらいなのに、
それができたとしてもあまり褒めてもらえない。

8割の仕事は本当はしなくてもいいのかもしれないのに、
それができる人が称賛される。

長い間一つの技術を磨いてきた職人と呼ばれるような人たちが
無条件に尊敬の念を集める感じがあるんですね。

いや、私だって日本人なので、職人さんを尊敬していますよ。
かっこいいな、って思いますよ。

だけど、それって工業の世界でも適用される正しい概念でしょうか?

  • 経験がなくても誰でもできる = 使える道具は何でも使う
  • 苦手な分野には手を出さずに得意とする人に任せる = ブラックボックスを恐れない
  • 本当に必要な2割の仕事に集中する = 8割の仕事に対する付き合い方を変える

誤解を恐れずに言うと、

人も技術も守備範囲を全方位に広げなくてもいいんじゃないか

と思うわけです。

だからと言って細かいことを追及していくという姿勢が悪いとは思いません。

ただ、従来の工場にありがちな偏った考え方ではなく、
緩急のついたバランスの取れた考え方が必要なのではないかと思うわけです。

では、どうすればバランスが取れるようになるか。

それはやはり、経営者や管理職の人たちの考え方を修正すべきだと思います。

先のインドネシアの社長さんもそうですが、
人間、誰しも自分が実際にやってきたことが正しいと思うものですよね。
特に成功経験があればあるほど新しい考え方や技術、方法論を受け入れにくくなってきます。

また、文化と言えるほど職場に浸透している考え方を改めるというのは非常に骨の折れる作業です。
各方面からも批判されるでしょう。
であれば、今までの延長線上にある考え方に基づいた指示をした方が楽なんです。

それを変えられるのは一社員ではなかなか難しいのが現実です。
変えられるのは管理職、もっと言うと経営層の方だけだと思っています。

なんともモヤモヤするエピソードを1つ紹介しておきます。

私が所属する部門のトップの方は社員思いの方で、できるだけ仕事の効率化を目指そうとしてくれています。
その一環として、決裁書の回覧人数を最低限の人数にしなさい、
という指示を出してくれました。

それまでは決裁書を回覧するために多くの人に報告をしてサインをもらわないといけませんでした。

課長、部長、工場長、副統括部長、統括部長、副本部長、本部長などなど・・・

報告だけならまだしも、報告するたびに資料の修正を求められます。
さらに宿題も毎回のように出されます。

みんな生産活動を効率良くするために決裁書を出そうとしているのに、
そんなに効率を上げることが嫌なのか?
と聞きたくなるくらいストップがかかる状態だったんですね。

ですから、トップがこのような指示を出してくれたのは本当にありがたく思いました。

ところが、です。

いざ実際に決裁書を回そうとすると、やはり途中の人たちが
「一応俺にも報告してくれ」
と言ってくるではありませんか。

いやいや、トップがそう言ってるのになんであなたは変われないんですか・・・
と愕然としたのを覚えています。

案の定、その人に報告をすると、報告のやり直しを命じられました。
言われたところを修正して再度持っていったのですが、
自分が言ってることを忘れているのでしょうけど、
そんなこと今話すことか?
というような雑談みたいなことを言うだけで、せっかく修正したところにはまったく触れず。

このように、文化を変えることはとても難しいのだということがこのエピソードからもわかると思います。

やはり

考え方を変えるのはトップから

ということだと思っています。

常に変化しないといけない、と部下にだけ変化を求めて自分は何も変わっていない、
そんなトップはダメですよね。

いかんいかん、私も中間管理職の1人として、自分がそういう言動をしていないかというのは
常に気を付けてないといけないですね。

あ、ちなみにここで書く話は私が知っている世界だけの話、
つまり工場での生産活動を中心に書いていますので、
他の業界のことはよくわかりません。

悪しからず、ご了承ください。