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無駄だったの? コミュニケーションロスを考える

かこか
かこか

こんにちは。かこかと申します。

「コミュニケーション」という言葉を聞いて悪い印象を持つ人はいるでしょうか。おそらく、コミュニケーションを取るという行動は総じて良い印象であり、生きていくうえで必要不可欠なものであると考えられていると思います。

当然私もそのうちの一人であり、コミュニケーションは大事であると思っています。ですが最近、コミュニケーションロスという概念があると知って少し見方が変わりました。どういうことかというと、コミュニケーションこそが仕事の量を増やし、かつ、複雑にしてしまっているのではないか、むしろコミュニケーションをなくしてしまった方がいいのではないかと考えるようになりました。

世の中にはコミュニケーションをうまくとる方法、コミュニケーションの効率を上げる方法について書かれた本はたくさん出ていますが、コミュニケーションを減らす方法について書かれた本はほとんどありません。また上司からも「いろんな人とコミュニケーションを取りなさい」と言われますし、何か失敗した時の原因には必ずと言っていいほど「コミュニケーションが足りなかった」という反省の弁が述べられます。

本当にコミュニケーションは大事なのでしょうか?コミュニケーションが少ないといことはダメなことなのでしょうか?

今回はコミュニケーションによって生まれる損失、コミュニケーションロスについて考えてみたいと思います。

もくじ
  1. コミュニケーションは少ないほど良い
  2. 工場でのコミュニケーションロス事例
  3. コミュニケーションがロスであることを表す2つの法則
  4. DXはコミュニケーションロスと相性が良い

 

コミュニケーションは少ないほど良い

そもそもコミュニケーションがなぜ必要かというと、それは人と人との意思の疎通のためですよね。年齢も性別も、好みも経験も違う人が同じ考えになったり同じ行動をとるということはあり得ません。少ない人数であるならばそのばらつきも比較的小さいかもしれませんが、関わる人数が多くなればなるほどそのばらつきは大きくなりますよね。

それぞれの違いを表明し合い、進むべき道を揃えるための手段こそがコミュニケーションだと思います。

あり得ない仮定ですが、もし自分の時間が無限にあって、すべての仕事を自分でまかなえるとしたら、コミュニケーションは不要になります。

昨日の出来高や不良発生を報告する必要もありませんし、会議でみんなで意見を出し合う必要もありません。メールを送る必要も読む必要もないですし、メールの書き方が悪いと言って注意したり、返事がなくて仕事が進まない、なんてこともなくなります。申請書類を書く必要もなくなるし、それらを読んでハンコを押す作業もなくなります。作業手順書を作る必要もなくなるし、それを使って教える仕事も要らなくなります。危険な作業をしている人に注意する必要もなくなりますし、怒ったり怒られたりしてイライラする時間もなくなります。ホウレンソウという言葉もなくなるでしょう。

ここでいくつか例を挙げましたが、おそらくこれらのコミュニケーションは業務を推進していくうえでは必要不可欠な物であると思われていると思います。ただ、こうして並べて見ると、どれだけ自分の仕事に占める割合の中でコミュニケーションに関わる仕事、作業が多いかということがわかるのではないでしょうか。

現実的には一人ですべての仕事をこなすことは不可能なので、これらのコミュニケーションに関わる仕事をなくすことはできません。仮に一人で会社を経営している方でも、当然外部の人とのつながりをゼロにはできないですし、最低限お客さんとのコミュニケーションがなければ商売にはならないはずです。

とはいえ、物事に関わる人数が少なければ少ないほどコミュニケーションにかかるエネルギーや時間が少なくなるのは間違いないと言っていいと思います。

SNSを見ても、否定的な内容のほとんどはコミュニケーションに関わる物であり、多くの人がコミュニケーションに時間を費やしたり、苦労していることがわかります。

これらのコミュニケーションがなくなれば仕事はもっとスムーズに進められるはずなので、コミュニケーションはロスである、ということに納得することができるのではないでしょうか。

工場でのコミュニケーションロス事例

私が所属していた工場ではいろんな部品を作っていたのですが、それぞれの部品ごとに生産技術担当者が決められていました。その中で、部品Aは最初から最後まで一人の担当者が面倒を見るのですが、部品Bは一つの部品を複数の担当者が分担して面倒を見る仕組みになっていました。

部品Aは一人で処理できる量でしたが(とはいて、担当者は常にアップアップしていましたが・・・)、部品Bはどう考えても一人でやり切れる仕事量ではありませんでした。そのため、複数の担当者に仕事を分割するのは自然な流れでした。

ところが、そのような体制を取り続けた結果、部品Aを担当していた人たちは効率良く仕事を終えることができ、かつ、「生産技術者として優秀である」という評価を得る人を多く輩出することができたのに対し、部品Bを担当していた人たちはいつまで経っても仕事を終わらせることができず、かつ、長年同じ仕事をしていても技術者として周囲から高い評価を得られるような人をほとんど輩出できなくなってしまったのです。

そうなった理由はいくつか考えられますが、その中でも大きな割合を占めているのがコミュニケーションの煩わしさである、というのが私の見立てです。

部品Aの担当者は最初から最後まで自分で予定を立て、必要に応じて関係者と会話をしながら物事を進めていけばよかったのに対し、部品Bの担当者は関わる人が多かったがゆえに何かしらの作業をする前の調整業務が非常に多くなってしまっていたんです。

担当者のCさんが設備を使おうとしても、同じ設備を使いたいDさんとの調整が必要になったり、自分はもう準備ができているのにEさんの準備がまだ終わっていなくて自分の立てた計画通りに予定を進めることができない、ということがしょっちゅう発生していました。

また、生産現場の設備を借りようと思って現場のリーダーにその相談に行ったところ、「なんでばらばらに言いにくるんだ。俺は全員を別々に相手できないから、まとめて言いに来てくれ」と言われて、また他の人と計画の調整をしたり、ということを繰り返していました。

とにかく、部品Bの担当者達はかなり頻繁に業務進捗の確認や、計画調整のための会議をやる必要があったわけです。

さらに言うと、不思議なことに関わる人の数が多い部品Bの方がノウハウが貯まりにくくなるという現象も発生していました。関わる人が多いほどノウハウって貯まりやすいんじゃないの?と思われるかもしれません。なぜ部品Bのノウハウが貯まりにくかったかというと、部品Bでは各担当者の担当範囲が狭く、その道のスペシャリストにはなるのですが、スペシャリストであるがゆえに誰かに何かを伝えることの必要性を感じない人がどうしても多くなってしまう、という理由があったと私は推測しています。

ノウハウを残すのもまたコミュニケーションロスになるわけですが、部品Bの担当者達はノウハウを残さなくても仕事ができるという意味ではロスは少なかったものの、当然新しい人が入ってきた時の教科書がないため、人の成長が他と比べて遅くなるという現象が発生していたのです。

部品Aの場合、一人ですべてを見ることができるのでノウハウを残す必要はなさそうに思えるかもしれませんが、全体を把握することができる分、どこが肝になるのかがわかるため、そこを押さえておけば良く、そのために効率良くノウハウを残すことができていました。そのため、そのノウハウを見た新人も順調に成長していくことができる土壌が整っていたのだと思います。

この例からわかるようにコミュニケーション、特に誰かと自分の仕事を調整するためのコミュニケーションが多く必要な環境では仕事が増えやすいということと、そういう場合は意外と人が成長しづらいということが言えると思います。コミュニケーションを取ることに多くの労力を使っていたため、肝心の業務に割く時間が少なくなってしまっていたのです。部品Aの担当者も当然コミュニケーションをしていたと思いますが全体を俯瞰して見ることができるため、効率の良いコミュニケーション手段を選択することができたのではないか、というのが私の見立てです。

 

コミュニケーションがロスであることを表す2つの法則

262の法則というものをご存じでしょうか?

組織や集団は「優秀な2割」「平凡な6割」「働かない2割」で構成される、という物です。集団で生活することが知られているアリやハチなどで見られる現象ですが、人間にも当てはまるとされています。262という数字はともかく、働く人や働かない人がこれくらいの割合でどこの職場にも存在するのは経験的に同意できると思います。

この法則が面白いのは、働かない2割のアリを除いたとしても平凡な6割の中からまた働かないアリが出てくる、ということです。つまり、そこで働くアリ(人)の能力によらず、262の割合でよく働くアリと働かないアリが発生してしまうのです。

この辺りの話を詳しく書いてくれている本を紹介しておきます。



組織というものはそういうものだよ、という文脈で紹介されることが多いこの法則ですが、私は少し違った解釈をしています。

どういうことかというと、コミュニケーションロスを最小化するためには仕事をある大きさで区切る必要があるため、仕事が多い人と少ない人が自然とできてしまう、ということです。

冒頭から申し上げているように、仕事というものは一人で最初から最後までやれない以上、どこかで分割してあげる必要があります。ただ、あまり細かく分割してしまうと先の部品Bの組織がそうだったように、そこにはコミュニケーションロスが発生してしまいます。そのため、一人の人が抱えるのにちょうど良いくらいの範囲内で、できるだけ大きめに分けてあげた方が良いということになります。

所属する人数でその仕事を分割することになるのですが、所属人数に合わせてちょうどよいサイズで分割できる、ということはほとんどないと思います。したがって、上位の人たちから順にお腹いっぱいになるくらいの仕事量、つまりコミュニケーションロスを最小限にするだけの仕事量を抱えることになり、うまく割り切れなかった残りの仕事が下位の人たちに回っていくことになる、というのが私が考えたこの法則の解釈になります。こう考えると、平凡とはいえ、それなりの能力を持っていたはずの6割の人が、急に働かない2割になってしまう理由を説明できるからです。

ちなみにですが、さきほど紹介した書籍の中に書かれている話として、この働かない2割のアリも、緊急時には働くようになるそうです。つまり、この2割のアリが他のアリたちを助けることで、緊急時の予備として機能するのだそうです。仕事というのは一度分担を決めてしまえばそれで終わりではありません。常に状況の変化はありますので、考えているほどきれいには割り切れないものです。ですから、変化が大きくなった時の予備戦力を持っておくということは組織運営をするうえでは非常に重要になります。平時はムダに見える物でも有事には役に立つことがある。このことは覚えておきたいですね。

話が少しそれました。

他にも、IT業界の中にはブルックスの法則というものもあるそうです。

これは、
「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、プロジェクトをさらに遅らせることになる」
というものです。

何かしらのプロジェクトで計画に対して遅れが出てしまった場合、人手が足りないと判断されて人員が追加されることがあります。一見、それは妥当な判断にも思えますが、この対策がかえってプロジェクトの進行を遅らせてしまうことになる、というわけです。

これも身に覚えのある方は多いのではないでしょうか(人を増やしてもらえるだけマシだ、という声も聞こえてきそうですが・・・)。

これも、コミュニケーションロスという概念で説明がつきます。つまり、新しく入ってきた人にこれまでの仕事の情報を伝達したり、やり方を教育したりする作業などのコミュニケーションロスが発生するからです。もちろん、このような教育を実施することで新しく入ってきた人たちが時間をかけて成長していけば少しずつ戦力になってくれるとは思いますが、プロジェクトが遅れているということは、すぐにでも活躍してくれる即戦力が欲しいわけです。それなのにコミュニケーションロスによってさらにプロジェクトが遅れるとは・・・皮肉なものですね。また、長い目で見たとしても、今度は262の法則によって働かない2割の人が出てきてしまうことになるでしょう。組織運営というのは本当にやっかいなものです。

余談になりますが、最悪なのは、仕事にあぶれてしまった人たちのために不要な仕事を作り出すことです。働かない人がいるということは普通に考えて資源を有効活用していないとみなされますので、決して望ましい状態ではありません。そこで、傍から見ると不要そうに思える仕事をこの人たちのために作り出してしまうことはよくあることです。これが「人の数だけ仕事が増える」というやっかいな現象の原因です。会社の仕事というのは所属する社員全員がエースになれるほどのカロリーを持っていない、という事情があるのでしょう。この辺りについては別の記事で書いていますので、読んでもらえると嬉しいです。

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DXはコミュニケーションロスと相性が良い

コミュニケーションは少ない方が良い、という私の持論をコミュニケーションロスという概念を用いて説明してきました。

繰り返しになりますが、人が生きていくうえでコミュニケーションは必要不可欠なものです。ロスばかりではなく、それによって新しいアイデアが生まれてくることも当然あります。ですが、コミュニケーションは大事で欠かせない物である、という思い込みを少し斜め上から観察して、良い意味でできるだけコミュニケーションを減らす方法はないだろうかと考えることが私は必要だと思っています。

ここ数年、DXという言葉が流行しています。どこの分野においてもこの言葉が使われていてDX推進部というようなこれを推進していく専門組織が作られたりしているところもありますよね。

ですが多くの場合、DXとはなんぞや?と首をかしげている人も多くいるのが事実だと思います。おそらく、既存の業務をD(デジタル)の力を使ってX(トランスフォーメーション)していく、という考え方だと思うのですが、そもそもトランスフォーメーションって何なんだよ、というモヤモヤがなかなか消えないのだと思います。ゆえに、Dを使って今ある仕事の精度や成熟度をもっと上げよう、という方向に舵を切ってしまい、肝心かなめのXが疎かになってしまっている場合が多い印象を私は持っています。Xについては人それぞれで解釈があるとは思いますが、みんなが腑に落ちるまできっちりと定義を決められていないことがその原因だと思います。

そこで私からの提案ですがX、つまりトランスフォーメーションを「コミュニケーションをなくすこと」と定義してみてはどうでしょうか?

コミュニケーションを取るための作業や書類がたくさんあることは冒頭でも説明しましたね。これらの仕事をなくすためにデジタルを使う、という風に考えてみれば、具体的にどんな活動をすればよいのかが見えてくるのではないかと思っています。

たとえば、書類への捺印の仕事です。これは、担当者が考えた企画を上司が読み、それを承認したという意味を持たせるための作業です。これにより、上司が承認したことを誰が見ても確認できるようになります。担当者が一人で企画から判断、実行までを行うことができるのであれば、不要となる仕事です。事実、会社の規模が大きくなればなるほど、関わる人が多くなればなるほど印鑑の数が多くなることは普通に見られる現象です。つまり、コミュニケーションのための作業なのです。

では、DXの力を使ってこれを解決しようとするとどうなるでしょうか?多くの人はハンコを押す作業を自動化するための自動ハンコ押しマシーンを開発したり、書類の回覧を電子化したりしようとすると思います。ですが、これらはすべて「ハンコを押すことでコミュニケーションを取る」という枠組みから抜け出せていないことは明らかでしょう。

であれば、Dの力を使ってハンコを押すという作業、つまりコミュニケーションをなくす方法がないか?という方向で考えを巡らせてみれば良いと思うのです。この視点で無駄がないかを探していくと、普段は当たり前と思っていた仕事がコミュニケーションロスであると気付けると思いますし、この作業をすることによってコミュニケーションロスを減らすことができるのか?と考えると、自分がやっていることが正しい方向に進んでいるかどうかを判断する指標になると思います。

DXの担当者に限らず、皆さんも一度このコミュニケーションロスという視点で自分たちの作業や計画を見直し、「コミュニケーションを減らす活動」に力を入れてみてください。このロスは、一度刈り取ると長い間効果を継続してくれますので、オススメですよ。

 

かこか
かこか

最後に自己紹介をさせてください。
私はこんな人です。

  • 大手企業の生産技術を研究/開発する部署の課長
  • 金属切削の生産技術歴 約20年
  • 上司と部下の人間関係を中心に仕事のことを書いています
  • インドネシア駐在経験あり。インドネシア語検定C級を持ってます
  • 高周波焼入れに関する本を書きました

自己紹介 はじめまして ご訪問いただきましてありがとうございます。 自己紹介させていただきます。 出...

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